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日々是煩悩
不惑も後半に差し掛かったというのに、毎日無謀な挑戦に明け暮れている私の日々の記録です。ちょっぴり妄想入りで、大好きなバイクのことや商売の話までテンコ盛りになればいいと思うのです。
  20081201 1534
はじめまして
初めてバイクに憧れたのは仮面ライダーだったか?
キカイダーだったか?
どちらかは詳らかにしないが、何せあのへんのテレビだ。
小学生の低学年くらいだったと思う。

仮面ライダーそのものよりも、バイクアクションに心を奪われ、
ついでに松坂慶子の美しさにときめいたものだったし、
キカイダーのサイドマシンのかっこよさといったら、少年の心を
わしづかみにするのに充分であった。

そして、数年後、とどめの一撃とも言うべき
ワイルド7の実写版が放送開始となり
一気にリアルなバイクヒーローに心を奪われてしまうのであった。
なんせかっこいい!の一言に尽きた。

勿論、原作と設定が違うこと(飛葉をはじめ登場人物のバイクが
スズキGT。拳銃も違う)は少年の心に大いなる不満をもたらしたが、
いかんせん実物の750ccバイクを見たこともなかった私には
わくわくの方がはるかに大きく、
毎週月曜の7時半が待ち遠しくて仕方なかった。


さて、月日が流れ高校生になった私だったが、
相変わらずワイルド7の魅力にはまっていた。
勢い、バイクの免許をとろう!
という気持ちだけが空回りする状況だった。

そう、あの悪夢のような免許法の改正(改悪と言うべきか?)。
若い人は知らないだろうが、昔は250ccから上下で二輪免許が
分かれてた時期が長くあった。
しかし、私が15歳のときに二輪免許は小型・中型・限定解除の
三段階に分けられたのである。

早生まれの私は一年の差で大型二輪免許に見放されたのである。
このとき初めて両親を恨んだものだが、
如何せん、彼らの体調や夫婦間の微妙な出来事に文句が言える
はずもなく無念の涙を飲むしかなかった。

しかし、進学校であったにもかかわらず、私の仲間はガリ勉人間
ではなかった。
一年のときから私と一緒にバンドを組んでいた三人の仲間及び
そのバンドの理解者であった数人の仲間は、田舎に住んでいたため
集合するのに毎日数十キロをチャリンコで走っていることや、
ブラスバンドが練習する隣の校舎にすべてのアンプとスピーカーを向けて
大音量でレッド・ツェッペリンを演奏するだけでは飽き足らず、
集団で免許取得という快挙に出たのだ。

時に『三ナイ運動』(免許を持たない、とらない、とらせない、だったかな?)
の真っ盛り。
学校にバレたら停学も覚悟しなければならないにもかかわらず、
順番に2〜3人ずつ学校をサボり原付の取得に向かった。

友人のH君とT君などは、兄貴が125ccに乗っていたもんだから、
次の夏休みには小型。
高2の夏休みには中型と確実にステップアップしたのである。
しかし、兄貴のいない私は、私を製作するより二年早くその気になって
くれなかった両親を恨むこともせず、ミニトレ(ヤマハGT-50)で田舎道を
走り回り、すっかりオヤブン(ワイルド7の登場人物)気分に浸ることに
夢中になっていたのでした。  

それと、バンド活動があまりに楽しく、とりあえずバイクに乗れる状況に
満足していたのかも知れない。
そう、あの映画を見るまで・・・。

あの映画とはテレビで観た『イージーライダー』(日本語に訳すと極楽とんぼ
みたいな意味だと当時の英語の先生は言っていた)である。
ハーレーに乗りアメリカやメキシコを走り回り、ハッパをきめ、女を抱き、
世間に唾を吐く若者の映画だ。(映画の深い意味は分からないが、
当時のロック少年の印象はそんなものだった)

うぇ〜〜〜、カッチョええ〜な〜。
思わず漏らした言葉に家族はどん引きだった。
親父は『原付はしゃあない。必要と認める。そやけど、大きいのはあかん。』
と言い放ち母親は『バイクより車のほうがかっこええで。』なんぞと違う道に
そそのかそうとした。
女の本質を初めて目の当たりにする一コマと言えよう。

親父は更に『大体、家に帰ってきたら晩飯までギター弾いて、飯食ったら
寝るまでレコード聴いてるお前が、いつバイクの練習するんや。』
そう、うちの田舎には当時、二輪の教習所はなかった・・・。
なんで、こんな田舎に家を建てたんだよ!と今度はじいさん・ばあさんに
文句を言いたかったが、ぐっとこらえた。

なんせ、家はなんでも自己責任の家だった。
親父の方針で、小学校三年生になった日から、他人より多い小遣いを
もらってはいたが、毎日のおやつは、母親から買い、漫画本、給食費など
自分で払う、という金銭教育が施されていたくらいだ。

高校生になってからは、年間いくらと決めた金をもらい、
授業料もそこから払っていた。
足りなくなったらどうするのか?
当然働くのだ。

親父はギフト商品の製造販売を業とする経営者だった。
私は暇を見つけては、手ぬぐい・タオル・ハンカチ・枕カバー等々の
デザイン画を書き、親父の会社のデザイナーに見てもらっていた。
採用になると一件5,000円になった。
高卒初任給が6万〜7万の時代である。これは高額バイトだった。

だいたい、ミニトレだってデザイン画10数枚と引き換えに、
そのデザイナーのお古を譲ってもらったものだった。
エレキギターはパンツのデザイン二枚と貯金で買った。

この経済状況では、二輪への道は険しかった。   

                                          続きは次回で
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夜明けのハーモニカ吹き

Author:夜明けのハーモニカ吹き
チキンラーメンよりちょいと年下

不惑もずいぶん過ぎたのに落ち着けないオヤジです

ブルース・ロック大好き!
最近再度バイクに挑戦!

資格受験生でもあります

仕事ははっきり言って『何でも屋』
公共工事からネットショップまで

頭が働かなくなるまでチャレンジだ!

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